<荒れた中学校を立て直した! 人生を変える指導法>自己決定権は尊重するが主導権は渡さない②
(①つづき)
私の対応のポイントの1つが、肯定的フィードバック。説諭でも共感でもない、
第3の対応です。私はたとえばこう言います。
「君、先生の給料は1年で400万円かかるのを知っているか。400万だよ。8人だといくらかかるか分かる? そう、良く計算できた! 3200万。1人で済めば400万。8人だと3200万。差額を引き算して。そうそう、2800万円! 君たちはな、顔も知らない大人たちが汗水流して働いて払っている税金を、なんと2800万円も使っちゃったんだよ。それって、物凄い無駄遣いだよな! 恥ずかしいことだ。だからな、大きな声で言わないほうがいいよな」
さらっと言ってその場を去る。私の普段の生徒指導はこんな感じです。
次。いつもブスーッとした態度で、教師の指示に従わない女子がいました。私の学級に入り、ふた月ほどでガラッと変わりましたが、それまでは態度が並みではなかった。その女子に何と言ったか。そういう女子、程度の差こそあれ中学校なら普通に、小学校高学年でもよくいますよね。先生なら何と言いますか。(指名、対応)
こういう対応に、ベストはないのです。しかし、ベターはあります。
何がベターかと言うと、生徒が変わる言葉がベターです。ほんのちょっとでも、ねらった方向に変わる。私の対応の一例です。
「それだけ遠慮せずに自分の感情をあらわにできるお前はある意味すごい!」
彼女は、口を開けてポカンとします。
「この教師、何言ってるの?」と一瞬ぐらつく。こちらはもう一言突っ込みます。
「ブスッとした顔はブスなんだよな! 生まれつきどんな顔の人間も、笑顔は等しく素敵なんだ! やっぱり笑顔がいいよな」と笑顔で言ってその場を去る。
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「肯定的フィードバック」は、私が常任委員として所属する日本小児科連絡協議会「発達障害への対応委員会」で少年院の院長を歴任された方に聞いた方法論である。
日常的に反抗挑戦的な言動で迫ってくる若者たちへの対応として効果をあげている。
相手を直接変えようとして失敗を重ねる教師は数多く存在する。
肯定的フィードバックは、相手とこちらとの関係性をまず改善し、相手の心のコップを1ミリずつ上向きに変えていくためにする。
これができて初めて、「教育」が始まる。そういう手強い中高生は想像以上に多いのである。
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勝とうとしているわけではありません。ただただ伝える。簡潔に、快活に。
大変なことがたくさんある現場なのです。しかし、私は生徒から、「先生、なんで毎日笑顔なんですか」と言われます。「だって、俺がつらい顔していたらお前たち楽しいか?」と言えば、「そうですよね」で話が終わってしまう。事は単純なのです。
次。教室にゴミが散乱しています。その年の4月なんて物凄い状況でした。ドレッシングの切れ端とか、ストローの袋とか毎日落ちています。しかし、誰も拾わない。毎時間、私が1人で拾っているという状態です。「拾え」とか、「落とすな」とか、生徒は今までだって言われてきたわけですよ。それでも変わらずに、知らん顔をしている。説教は通じないのです。私は帰りの会でこう言いました。
「毎日毎日ゴミが落ちている。それを毎日毎日、俺は拾っている。未熟な俺に、こんなにも徳を積ませてくれて、みんな、ありがとうな!」
自分が落としたわけでもないのに、ゴミを拾って徳を積んでいるわけですから。感謝しなくちゃいけない。「俺ばっかり運がよくなっちゃって、ごめんね!」と言っています。生徒は皆あっけにとられた顔をします。一瞬後に、気持ちいい笑いが起きます。大事なことであればあるほど私は相手の心を開いてから伝えたい。開く方法の第一が想定外からの切り込み、すなわち肯定的フィードバックだと思うのです。
次。4月に2時間授業を終えたところで、三年生がこう言ってきました。
「先生の授業、ぜっんぜん慣れないんですけどお」
わざわざ廊下まで追ってきて皮肉っぽく言うわけです、そういうことを。
1時間1時間の授業が勝負なのです。重苦しい雰囲気の中で、私だけ明るくやっているわけです。それなのに追い打ちをかけるように、わざわざ追ってきて「慣れない」と言う。もう、涙が出るくらい幸せです。
どうしますか、先生。(指名、対応)私の場合はこうです。
「お前な、1年間で何時間国語の授業をするか知ってるか?」「いや」
「105。105時間だよ。今、105分の2。この程度で俺の授業に慣れてもらっちゃあ困るんだよ、逆に。慣れなくてラッキーなんだよ! よかったな!」
次、辞書引き。毎時間、辞書引きをやります。漢字スキルのパーツのあと、新出漢字から5問出して引かせる。私が問題を出し、引けたらハイハイハイと立つわけです。荒れている学校だと、生徒は辞書を持ってきません。まず、教材教具を持ってくる習慣がない。辞書を持ってくるまでに1か月以上かかります。毎日言って1か月以上です。さて、10人以上が辞書を忘れていたらどうしますか?
私も5冊は持ち込むけれども、それ以上は重くて持てません。各教室にも辞書はない。どうしますか? そこで怒ったら終わりです。怒っても何も変わらない。
どうしますか?(指名、対応)
「しょうがない、忘れた人はエアー辞書引き!」しかも、「引けたら立ってよし!」。
そう言ったら立つ生徒がいるんですよ、悪びれもなくハイハイって。
こちとら負けてはいられません。わざと10番目( 10番目に引いた生徒が意味を読み上げる)に、持っていない生徒を指して、「はい、意味言って」と言います。
そんなこんなでひと月ちょっと経ったら全員が辞書を持ってきているという状況でした。自分の学年も上の学年も。
笑いが出なければダメです。正しい話をするときも、笑いがなかったら入らない。私はそう思って実行していて、結果も出ています。真面目な話もするけれど、楽しく話す。楽しい話で相手の心を和らげてから、「じゃあ今から大切な話をするから、よく聞きなさい」と言うと、入る。
長谷川 博之
NPO法人埼玉教育技術研究所代表理事。TOSS埼玉志士舞代表。日本小児科連絡協議会「発達障害への対応委員会」委員。全国各地で開催されるセミナーや学会、学校や保育園の研修に招かれ、講演や授業を行っている。また自身のNPOでも年間20回ほどの学習会を主催している。
※この記事は2016年2月1日発行の『TOSS特別支援教育 第2号』に掲載されたものの再掲です。
一部、名称等が当時のものになっていることがありますこと、あらかじめご承知おきください。
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