見出し画像

「算数はやらない」子が10問コースを選び100点を取った日

本人が「やってもいい」と思う仕掛けをたくさん用意し、「やったら褒める」を繰り返したらドラマが起きた。

北海道公立小学校教諭 吉田沙智



春の引継ぎで「太郎君は、算数の時間は寝ています」と言われました。
出会いの場面で、太郎君本人からも「算数は、絶対やらないからね」と宣言されました。
通常、「進級後の最初の三日間」はどんな子も学習をがんばろうとする「黄金の三日間」であると言われますが、太郎君は違いました。
 
算数1日目、始まる前に「ぼくは、算数はやらないよ」と念押しされました。教室の後方で教師用移動椅子に座り、ガラガラと音を立てながら行ったり来たりしていました。
この日、太郎君がやった作業は1つだけ。教科書がよく開くように手のひらを教科書に押し当てる「教科書の手のひらアイロン」という作業のみでした。
「授業中は、自分の席に座ってほしいなあ」と言ってもだめ、「太郎君の姿、みんなはどう思う?」と周りの力を借りてもだめ。「1番いけないのは、何にもしないことです」と伝えても、太郎君からは反応が見られませんでした。
 
算数2日目、私は支援の手を次々と打つことにしました。
太郎君には自分の席に座って勉強してほしいので、教師用移動椅子を押し入れにしまい、代わりにクッションを2種類買ってきて、尋ねました。
「どちらだったら、勉強できる?」太郎君はどちらのクッションも試し、自分の席に2つ重ねました。
そして、そこに座ったのです。私は、「よくできました!」と褒めました。
授業の最初は「百玉そろばん」。唱えるだけの学習です。太郎君は、最初は見ているだけでしたが、そのうちにクラスメイトと共に唱え始めました。
「太郎君、とってもいい声だ!」私は太郎君を見て、また力強く褒めました。
次は、教科書学習です。途端に太郎君は「僕、やらないよー」と宣言しました。
私は、教科書を開いている周りの子供たちを褒めながら、太郎君の教科書を出してやり、ページを開いてあげました。
太郎君のノートも開き、「日付、ページ数、課題」を赤鉛筆で薄く書いてやりました。「なぞるだけで、いいからね」とささやき、太郎君から離れました。
すると、太郎君が私の字をなぞったのです。私は、自力で書いた子にも、なぞった太郎君にも「素晴らしい!」と言って、ノートに大きくはっきりと〇をかいてあげました。
次に、教科書問題を解きます。太郎君は「えー、分かんない。ぼく、やらない」と言いました。
他の子が取り組んでいる間に、私は再び太郎君の席に行きました。そして太郎君の教科書に赤鉛筆で薄く答えを書き、「なぞるだけで、いいからね」と、ささやきました。
太郎君は、再びなぞりました。私は、自力で取り組んだ子も、なぞった太郎君にも、「すごい!」と言って、〇を付けてあげました。
最後に、「あかねこ計算スキル」(光村教育図書)という副教材を配りました。太郎君の「えー! やらないよ」には取り合わず、全体に伝えました。
「コースを選びます」
「2問コースは、ここまで。これは1問50点で2問で100点です。
5問コースは、ここまで。これは1問20点で5問で100点。
10問コースは、ここまで。これは、1問10点。全部で100点」
説明し終わらないうちに太郎君は「2問コース!」と叫びました。
なんと太郎君が2問コースを自力で解いたのです。そして、答え合わせ。
太郎君は、100点を取りました。
「100点だった人?」と聞くと、全員の手が、まさに天井を突き刺さるような勢いでピンと伸びました。
太郎君も、自信満々の得意げな表情で、私を見て、手を伸ばしていました。
「素晴らしい! 100点と、書きなさい」私が褒めると、「イエーイ!」太郎君は喜びの声をあげました。
 
算数3日目。太郎君は変わりました。
授業最初の「百玉そろばん」で、大きな声を出して参加しました。もちろん褒めました。
太郎君の教科書を私が出してあげたら、太郎君本人から「先生、赤鉛筆で書いてね」とささやいてきました。「もちろん、いいよ」とささやき返しました。
この日も太郎君は、私が薄く書いた赤鉛筆を一生懸命なぞり、〇をたくさんもらいました。
この日も太郎君は、計算スキルで2問コースを選びました。
この日も太郎君は、2問コースで100点を取りました。
この日も太郎君を含めた全員が、私の「100点取れた人?」に「はーい!」と元気よく挙手しました。
 
2か月後の6月、ドラマが起きました。
「あかねこ計算スキル」でいつも「2問コース」を選んできた太郎君が、「10問コース」を選び、ゆっくりではありますが、1つ1つ丁寧に問題を解き、100点を取ったのです。
この間、私は毎日太郎君のノートにうすく赤鉛筆で書いてやり、太郎君はそれをなぞり、〇をもらっていました。
そんな太郎君が、かけ算九九表や指も使いながらですが、自力で問題を解き切ったのです。
それを見ていたクラスメイトの一人が「太郎君、すごいね! 快挙だね!」と称賛してくれました。
私も「うん、快挙! 太郎君すごいよ!」と、太郎君とハイタッチしました。
太郎君は満足そうな、やりきった表情で「わーい!」と言って外へ遊びに行きました。


© 2024 TOSS,The Institute for Teaching-Skill Sharing.

※この記事へのお問合せはTOSSオリジナル教材HPまで。
https://www.tiotoss.jp/