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向山洋一がたどった特別支援教育の歩み~吉岡君の四年生のときの記録の分析(その1)~

吉岡君の「物を投げる」という行動特性は何によって身につけられたのか。その原因を探り「理解」するところから向山氏はスタートした。

玉川大学教職大学院教授 谷 和樹

一 吉岡君の記録から、何をどのように分析するのか。

吉岡君の記録を前号で引用した。その特徴的な部分を強調して整理する。

◆  ◆  ◆

6月 石を投げる。
   人の眼鏡を投げる。
7月 石を投げる。
   人の筆箱を窓から投げる。

「馬鹿だから死にたい」とつぶやく。

9月 人の靴を投げる。
   物を窓外へ5、6回投げる。
10月 筆を振り回し9人の服をよごす。
11月 人の学習用具を池に投げる。

カッターナイフでNを追いかける。
「Nを殺してやる」目は血走り分裂病的状態。
担任の手をかむ。
教頭先生にわめく。
足げり、頭つき。

◆  ◆  ◆

四年生のときのこの記録から、皆さんならどんなことを考えるだろうか。
特徴的なのは、衝動的に物を「投げる」行為である。

なぜ「投げる」のか。

まずこのことである。
どんな子でも、人生の最初から、物を衝動的に投げる特性をもって生まれてくるはずがない。
必ず、成長のどこかで、何らかの「学習」をしたのである。
おそらくは家庭の中だろう。
宮尾益知氏(どんぐり発達クリニック医院長・医学博士)によれば、低学年の男の子のこうした問題行動は、ほとんどが次のことが原因であるという。

親の模倣

殴る、蹴る、物を投げつける……こうした行為を、子供は多くの場合「父親」から学習する。

この吉岡君の記録から、五年生の担任が必ずしなければならないのは次のことである。
 
家庭訪問し、生育歴を聞き、行動特性の原因を探ること。

こうした子を変化させるためには、対症療法では限界がある。
根本的な原因を探る必要があるのだ。
当時、五年生の担任になった向山氏は吉岡君について次のように書いている。

行動(の記録)への所感
ア.行動特性 
 1.学習用具をすてる〈数回〉
 2.石を投げる〈数回〉
 3.髪の毛をひっぱる〈2回〉
◯ こうした行動をとるようになった原因を探すこと。

そして、家庭訪問をし、母親に話を聞いている。その結果、次のことが分かったという。

20才をこえる姉がおり、吉岡が言うことをきかないと、カバンの中に学習用具を入れて外にすてたことがあるとのこと。姉とのけんかに、ものを投げつけることがあり、とっくみあいをして髪の毛を引っ張ることがあるとのこと……

この姉だって、誰かからその行動を模倣したはずだ。
おそらくは父親、もしかしたら母親だろう。
記録には父親の影が見えない。父親は当時いなかったのかも知れない。

いずれにしても、吉岡君の行動様式はこうした家庭内の出来事が影響を与えていたことは確実である。

つまり、こういうことだ。

「物を投げる」ことによってイライラした感情を表現する方法しか知らなかった。

向山氏は家庭に対して告げた。 

そうした行動パターンが性格を形づくっていくので、以後厳禁してもらう。悪いことをしたら必ず悪いわけを説明するようにたのむ。

禁止するだけではなく、代替のプランも示している。それも「まず理解する」という特別支援教育の根本的な考え方に沿っている。
38年前にこのような教師がいたことが奇跡である。

二 「馬鹿だから死にたい」をどう考えるのか。

次に検討しなければならないのは、「馬鹿だから死にたい」という言葉と、11月以降の行動の悪化である。


谷 和樹
玉川大学教職大学院教授。北海道札幌市生まれ。神戸大学教育学部初等教育学科卒業。兵庫教育大学修士課程学校教育研究科教科領域教育専攻修了。兵庫県の公立小学校に22年勤務。TOSS(Teachers’ Organization of Skill Sharing)代表。著書「子どもを社会科好きにする授業」(学芸みらい社)、「谷和樹の学級経営と仕事術」(騒人社)他、書籍・論文多数。


※この記事は2016年2月1日発行の『TOSS特別支援教育 第2号』に掲載されたものの再掲です。
一部、名称等が当時のものになっていることがありますこと、あらかじめご承知おきください。

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