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<特別支援教育最先端 海外先行研究を知ろう!~日本の教師が知らない最新研究~>なぜ海外の研究を知るべきなのか?

公益社団法人子どもの発達科学研究所 和久田 学

始まり

特別支援学校の教師をしていたとき、たくさんの暴れる子供たちと出会った。自分の学校で出会う場合もあれば、巡回相談先での場合もある。
また、保護者から直接、相談を受けたこともあった。

そういったとき、「さて、どうしようか」と考えたが、当時の私は応用行動分析や認知行動療法などをかじってはいたものの、他の多くの先生たちと同様に、きちんとした勉強をしたことがなかった。

そこで、これも多くの先生たちがするように、先輩の先生や上司に質問したのである。

どの先生も素晴らしい方だったが、言うことが違った。
ある先生は、暴れる子供の原因が「寂しさ」にあるから、全面受容こそ重要だと説き、別の先生は、ABC分析をしなさい、行動理論を使うのが肝心だと言う。
また別の先生は、さっさと医者に連れて行き、薬を飲ませてもらえと言う。

当時の私にとって、こんなことは日常茶飯事だった。
知的障害のある子供に言葉を教えるときも、不登校や非行といった一般的な子供の問題を扱うときも、聞く人、聞く人が違う答えを出し、どれももっともらしいのである。

困った。どうしようか、というときに、浜松医科大学の先生が「そういうときこそ、科学を使うんだよ」と教えてくれたのである。
 

我が国の状況

科学は万能ではない。だが、基準にはなる。全ての個別ケースに当てはめるのは乱暴だが、指針をつくることができる。
そう聞いて、私は大学院に入って研究を始めるのだが、そこで新たなショックを受けた。我が国の学術論文(特に教育関係)はレベルが低いというのである。

誤解のないようにしていただきたいが、全ての研究がダメだと言っているわけではない。
我が国にも実績のある研究者がいるし、素晴らしい実践家もいる。

しかし、国全体でみると、レベルが低いというのだ。

これは私の想像だが、我が国の場合、学問と実践が切り離されてしまったこと、科学的研究手法が大学教育に導入されなかったことがその原因だろう。
そして、さらに日本人の持つ英語への抵抗がそれに輪をかけてしまった。
というのも、学術論文の96%が英語であるといわれているからだ。

私の専門分野は特別支援教育や子供の問題行動だが、それらについて調べていくと、研究の面で我が国が、未だに鎖国状態にあることが分かった。

例えば、自閉スペクトラム症療育に関する情報は、一握りの専門家しか知らない上、研究レベルでは30年以上遅れている。
生徒指導の分野も同様で、アメリカでは1990年代に子供の問題行動にさらされ、その結果、応用行動分析に基づいたエビデンスベースのシステムを取り入れた。

Positive Behavior Intervention and Support(肯定的な行動への介入と支援)、いわゆるPBISであるが、このことを知っている研究者が日本にどれだけいるだろうか。
 

科学とは

教育に科学を導入しなければならない。

そう思って、私は様々な機会をとらえて話をしているが、「教育は科学じゃなくて、愛でしょ」とか「子供を科学で見るなんて、冷たすぎる」といった反発を受ける。

たぶんその人たちは、科学を誤解している。

科学は、愛と同じ土俵で語るべきことではないし、冷たいとか、そういう感情とは別の次元に存在する。
科学は、事実を事実であると証明するための手段であり、これまでの人類の進歩を支えた道具なのである。

だから教育に科学を使うのは当然だ。

何しろ子供は我々の未来だ。その子供のためなのだから、実践を積み重ね、さらに科学的根拠を見出すことが必要だ。

科学は再現性を確保する。

つまり科学は、説明責任を果たすためにも、教育の質を高めるためにも、「使える」のである。
 

研究という営み

では、闇雲に研究を進め、様々な実践の効果を証明すればいいのか、というと、そうではない。

研究とは、「真実を知りたい」「真実を(人類の進歩に)役立てたい」という目的意識を持つ人たちが進める崇高な営みである。
それだけに、一足飛びに成果を出すことができない。
だから、誰もが先人をリスペクトし、これまで世界の研究者が証明した「真実」、つまり既知の部分を踏まえなければならない。

イメージとしては、我々の周りに広がっている不思議な世界(つまり「未知」)に対して人類が挑んでいるという感じだ。
我々は、これまでの研究で世界を少しずつ解明し、人類の領土(つまり「既知」)を増やしてきた。

研究とはそこに新たな「既知」を付け加えるための挑戦といえよう。
 

既知を知る必要性

我が国では、実践と研究が結び付かないまま、悪戯に時が経過してしまった。
だからこそ、今すぐに、新たな挑戦を始めなければならないが、そのためには先にやるべきことがある。

現在の人類の領土(つまり「既知」)を確認しなければならないのである。

世界は広い。この瞬間にも新たな研究が発表されている。
英語を使って少し検索するだけで、様々な情報が現れる。
記憶、教育方法、発達障害と脳の機能など、手に入る情報は多岐にわたる。

英語論文の読解は難しく、一人でできることは限られている。
だからこそチームを組んで、英語論文を読み込み、世界の研究成果を自分たちの知識にしていくことが必要なのである。
 


和久田学(わくた・まなぶ)
公益社団法人子どもの発達科学研究所主席研究員。大阪大学大学院特任講師。小児発達学博士。
特別支援学校教諭として20年以上現場で勤め、その後科学的根拠のある支援方法や、発達障害、問題行動に関する研究をするために連合大学院で学び、小児発達学の博士学位を取得。
専門領域は子供の問題行動(いじめや不登校・暴力行為)の予防・介入支援に関するプログラム・支援者トレーニングなど。


※この記事は2015年10月1日発行の『TOSS特別支援教育 創刊号』に掲載されたものの再掲です。
一部、名称等が当時のものになっていることがありますこと、あらかじめご承知おきください。

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