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学習に取り組まないAくんに効いた支援

Aくんが学習しなかった理由は、「何をしたらいいか分からなかった」。効果的だったのは「情報の限定」だった。

静岡県公立小学校教諭 奈良部芙由子



1 「うるせーなー、俺の邪魔をするなよ!」何もしようとしなかった

自閉症・情緒学級に入級してきたAくんの口癖です。

何を話しかけても、彼にとっては「邪魔」でした。授業中も休み時間も関係なく、自分の席で、読書をしたり、去年の学習で使っていたドリルをやったりしていました。現在の授業に全く参加しようとしませんでした。

私は、支援員と共にできることを次々と行いました。朝、Aくんの目の前で予定の確認をします。教科書やノートを一緒に出して準備をします。ノートに赤鉛筆で薄く書いてなぞるように声かけをします。支援員の先生に横についてもらって一緒にやってもらいます。

しかし、どれも彼にとっては邪魔でした。

2 転機が訪れた

転機が訪れたのは6月。算数の割り算の学習です。

私は、AくんにA5サイズのホワイトボードを渡しました。そこに、円を2つ描き、「どちらかの丸に置いてごらん」とAくんにおはじきを1つだけ渡しました。Aくんは、黙って片方の円におはじきを置きました。

「できたね!」私は小さな声で短く褒めました。これだけの行動でしたが、Aくんが学習活動をすることが貴重でした。とても嬉しかったのですが、気が散らないように、できるだけ短く褒めました。もう1つのおはじきを黙って渡すと、Aくんはもう1つの円におはじきをそっと置きました。「すごい!」と短く褒めながら、残り2個のおはじきも渡しました。

Aくんは、要領がわかったようで、おはじきを1個ずつ交互に、素早く置きました。4個のおはじきを2つの円に2個ずつ分けられました。

「その通り!」と小さく褒めました。私は、ホワイトボードに「4÷2=」と書き、数字を指差しながらAくんに、「4つを2つのお皿に分けたら、1つのお皿にはいくつ入った?」と聞くと、「2」とぶっきらぼうに答えました。

「正解!」私は小さい声でも力強く褒めました。Aくんはなんとなく満足そうな顔をしていました。

ホワイトボードを写真に撮った後、綺麗に消しました。次の問題も、ホワイトボードに式を書き、ヒントとなる丸を描き、おはじきを渡しました。Aくんは、またおはじきを均等に分けることができました。短く褒めてその時間の学習を終えました。

休み時間にAくんのところへ行き、「今日の算数頑張ったね。先生も嬉しかったよ」と声をかけました。Aくんは、「簡単だったね」と真顔で返してくれました。

3 情報を限定することで学習に取り組めるようになった

この経験から分かったのは、ノートもプリントも、教科書も、Aくんにとって情報量が多すぎたということです。私の声も周りの声も、彼にとって最初は「騒音」だったのです。Aくんの様子から私はそう予想しました。

黙っておはじきを渡しても、どんどん置くことができたので、さらに静かになるようにイヤーマフを提案してみました。

Aくんは付けることを選びました。

彼は、イヤーマフをしながら、目の前のホワイトボードに書かれた1つだけの式を見て、おはじきを置きます。

この学習方法を1週間ほど続けると、Aくんは自分からホワイトボードに文字や式を書くようになりました。小さいホワイトボードに書くので、式や図ができると、支援員が写真に撮って記録をしました。記録をすると綺麗に消して、次の問題に取り組みました。目の前に必要な情報しかないのが、理解につながったようでした。

4 小さな変化がAくんを変えた

さらに、1か月。小さな「できた」が積み重なったAくんは、ホワイトボードだけでなく、ノートに式や計算が書けるようになりました。

この頃になると、Aくんは、算数の時間は読書をせずに学習に取り組むようになりました。ノートに式を書きながら、「俺、算数は得意なんだよね」と、よくつぶやきました。

その度に、「さすが、算数が得意なAくんだね!」とできるだけたくさん褒めました。

もう一つの大きな変化がありました。

Aくんは「分からない」が言えるようになりました。4・5月の頃は、「怒る」「やらない」という選択肢しかなかったAくん。しかし、ホワイトボードを使い、目の前で、情報を少なくして取り組めば「できる」ということが分かりました。問題の全部が「分からない」のではなく、中には「分かる・できる」方法があるということに、Aくん自身が気付きました。

分からない問題も、「分からない」と伝えることで、別の方法で「分かる」ようになるかもしれないということに気付いたのでした。

2学期には、どの教科も学習に取り組めるようになりました。得意教科は算数だけでなく、国語、道徳と増えていきました。

Aくんに「これなら分かる」という方法を聞きながら、同じクラスの友達も協力をしてくれました。

国語では、読み取る範囲を2ページに限定して考えられるような発問にしました。

道徳では、話の内容を黒板に一目で分かるように図にした上で考えるようにしました。

話し合いでは、ゆっくりした言い方で発表をするようにしました。

Aくんは、素直な疑問や意見を伝えるので、授業で良い存在感を出すようになりました。イヤーマフが無くても大丈夫になっていきました。

3学期、すっかり学習することが当たり前になったAくんに、改めて4月の頃について聞いてみました。Aくんは、「何をしていいか分からなかったんだよ。みんなも先生もごちゃごちゃしてるし。教室はうるさいんだよ」と教えてくれました。

視覚的にも聴覚的にも、選択的注意ができていなかったAくん。何が分かって、何が分からないかを確認していくうちに、Aくんの苦手が分かり、座席は教室最前列の真ん中に固定しました。

3学期になっても、大事なことは小さな紙に書いて見せるなど、視覚的支援を継続しました。

小さなホワイトボードがきっかけで、Aくんの拒否の原因が分かり、適切な対応をすることでAくんは大きく変わりました。

ホワイトボードで学習し始めた頃の様子

© 2023 TOSS,The Institute for Teaching-Skill Sharing.Printed in Japan

※この記事へのお問合せはTOSSオリジナル教材HPまで。
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